南部藩の歴史(聖寿寺館跡・南部利康霊屋)

 <聖寿寺館跡>
今からおよそ500年前の戦国時代、北東北最大の戦国大名としてこの地方に君臨していた三戸南部氏。この北東北支配の中心となったのが、南部屋形と称された聖寿寺館です。
建物跡は南北36m、東西42mと東北最大規模を誇ります。城館東側には奥州街道、南には鹿角街道がとおり、さらに南側には馬淵川が流れ、水陸ともに交通の要衝であったと考えられています。
聖寿寺館は天文8年(1539)に炎上したと伝えられ、城跡からは当時の熱を受けた高級陶磁器とともに多量の炭化物が出土しています。城館焼失後、三戸南部氏は戦国大名としての発展に伴って三戸城(三戸町)と移り、その後、豊臣政権下で福岡城(二戸市)へ、さらに江戸時代には盛岡城へと居城を移しました。

<南部利康霊屋>
 南部27代利直(としなお)の四男であった利康(としやす)は、慶長13年(1608)三戸城で生まれ、寛永3年(1626)に一族の南直義(みなみなおよし)の家を継いで浅水城主となり五千石を領しました。三戸城内に邸宅を構え常住し、利直の留守には代わって政務を執りましたが、寛永8年(1631)に病のため24歳の若さで逝去しました。
 歴代の南部氏一族の霊廟としては唯一の極彩色に彩られた霊屋で、漆塗りに鍍金金具を施し、この地方に伝えられた桃山様式による華麗な霊廟建築の一端を示す貴重な歴史遺産です。障壁画は江戸時代初期の狩野派の手によるものと考えられます。昭和28年(1953)に国重要文化財に指定されました。


<聖寿寺館跡・南部利康霊屋>

見学受付場所
青森県三戸郡南部町大字小向字正寿寺81-2
(史跡聖寿寺館跡案内所)

電話番号
0179-23-4711
営業時間
聖寿寺館跡9:00~16:30 南部利康霊屋9:00~16:00
定休日
12月29日~1月3日
アクセス
青い森鉄道三戸駅から車で約7分
駐車場
有り

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