はちのへエリアの伝統的なおやつといえば、南部せんべい。おみやげ屋さんやスーパーマーケットに並ぶ南部せんべいはパッケージングされていますが、実は焼きたてもおいしいのです。焼きたてのせんべいも提供している、南部せんべいの専門店をご紹介します。
そもそも南部せんべいとは?
「南部せんべい」は、青森県八戸市と周辺地域、岩手県北地方の名物おやつ。全国的には米菓としてなじみのある「せんべい」ですが、南部せんべいは米由来ではありません。基本の原材料は小麦粉と塩、水と、いたってシンプル。これらを混ぜて練り、丸い鋳型で焼きあげた食べ物です。そのため、小麦粉の香ばしさが感じられる素朴な味わいです。
太平洋に面した八戸では、春から夏にかけて海から吹く、冷たくて湿った偏西風「やませ」による冷害や凶作に悩まされてきました。そこで、冷害に強い小麦や蕎麦、あわ・ひえなどの栽培に力を入れるようになり、コナモン文化が発達してきました。南部せんべいは八戸の食文化を代表する食べ物のひとつなのです。
南部せんべいの「南部」とは、南部氏が藩主だった盛岡藩の別称である「南部藩」に由来しています。
南部せんべいの種類
ダイレクトに小麦の味を感じられる「白せんべい」が基本の南部せんべいですが、黒ごまがたっぷり入った「ごませんべい」、ピーナッツ入りの「まめせんべい」、甘い黒ごまペーストを表面に塗った「ごまぬりせんべい」、さきいかをのせた「いかせんべい」、クッキー生地を焼いた「クッキーせんべい」、水飴を挟んだ「あめせんべい」など、お店やメーカーによってさまざまな種類があります。
南部せんべいの食べ方・アレンジ
そのままでももちろんおいしいのですが、他にも食べ方はいろいろ。煮崩れしにくい「おつゆせんべい」は、ご当地グルメ「八戸せんべい汁」にできるほか、鍋の〆として、白米や麺の代わりに入れるともちもちの食感を楽しめます。
鋳型からはみ出した箇所を切り落とした「せんべいのみみ」は、おつまみとしても人気。みみの食べ方として、バターソテーにしたアレンジも。
炊きたての赤飯を南部せんべいで挟めば、農家さんのおやつ「こびりっこ」に。南部せんべいに小麦粉をまぶして揚げれば「せんべいの天ぷら」に。お好みの具材とチーズをのせてトースターで焼けば「せんべいピザ」ができます。
また、工房を併設した店舗へ行けば、焼きたてのせんべいを食べられるんです。はちのへエリアで焼きたてが食べられるおすすめのお店をご紹介します。
①早朝の憩いの場、〈上舘せんべい店〉のせんべい喫茶【八戸市】※2023年11月20日閉店
ゆりの木通りから歩いて鍛冶町のほうへ入り、吹上方面へ向かう途中の類家字縄手下にある〈上舘せんべい店〉のせんべい喫茶。※車の場合は吹上方面から中心街方面への一方通行なので注意。
店主の上舘一雄さん・京子さんご夫妻で営むせんべい喫茶は、朝4時頃に火入れすると、せんべいが焼ける4時半頃から第一陣の常連さんがやってくるそう。そこから2回転、3回転……。夏場は外にも席を出すほどの繁盛店。
この日、朝7時に訪れると、店内はせんべい片手に談笑する常連のみなさんでほぼ満席でした。入店すると「コーヒー淹れるね」と、ハンドドリップでコーヒーを淹れてくれます。それから、せんべいを一枚。
ベーシックな南部せんべいはサクッと軽い食感ですが、こちらでは焼きたてもちもちの「てんぽせんべい」が食べられます。「てんぽ」の由来は諸説ありますが、上舘さんは「不器用」という意味を持つ南部弁「てんぼっけ」からきているのでは? とのこと。
「南部せんべいが江戸時代の天保のときに生まれたから『てんぽせんべい』っていう説もあるけど、それだったら他のせんべいも『てんぽせんべい』だべ? 『硬くない生半可なモチを焼いてる』ところからきてるんでねーべか。自分でせんべい焼いててそう思うんだよな」
小麦粉と粗塩と水のみを原材料に焼いているので、素朴な味わいです。
せんべい喫茶がオープンしたのは平成3年4月(と、京子さんは教えてくれたが一雄さんは「36〜7年前からだと思う」と言っていたので定かではない)。
一雄さんが言うには、せんべい喫茶をはじめたのは子どもを育てるためだったとのこと。
「家業のせんべい屋を手伝ってたんだけど、それだけだとお金が足りなくて、子どもを育てるためにこの商売をはじめたのよ。当時、このあたりでは毎朝『片町朝市』をやってたの。農家がリアカーで野菜を運んでくるし、海のほうからも海産物がきて、活気あったのよ。うちはその名残で、今でも続けてるだけ」
常連さんのおひとりは、「朝起きたらここに来て、みんなと話して、せんべい食べて、帰ってから新聞を読むのが元気の秘訣」と話していました。
せんべいは、オープン当時から変わらず一枚50円。
「儲けはないから、ほとんどボランティアだね。でも毎日くるおじいちゃんたちがいるし、これをやめたらこっちもボケるから続けてる」と、京子さん。毎朝の憩いの場となっています。
②サイズによって選べる18円〜〈小山田せんべい店〉【三戸町】
三戸町の中心部の近く、かつて商店が並んだであろう名残のある、県道沿いに建つ〈小山田せんべい店〉。1917(大正6)年に創業した老舗で、現在は三代目の小山田美穂(おやまだ よしお)さんがお店を継いでいます。
創業当時は鋳鉄製の型で手焼きしていましたが、1936年に手動の焼き機を設置。小麦粉と塩、重曹と水でつくられた生地を鋳型に入れ、手動でグリルを回転させるとせんべいが焼き上がります。
お店でしか食べられない「てんぽせんべい」ですが、〈小山田せんべい店〉ではサイズを選べるのが特徴。薄いもので18円から、厚くなるにつれて30円、50円、80円があります。小麦粉の価格高騰で昨年せんべいのサイズが少し小さくなったそうですが、以前の80円サイズが食べたい場合は100円で注文OK。
焼きたてだと、アツアツでもちもち。ほどよい塩味が感じられます。
「重曹の量が少なめだからこの食感が出せる」という白せんべいはパリッと軽い食感。全国にファンがいて、「せんべい汁に入れるのはここのせんべいじゃないと」という人も。たしかに筆者がこれまで食べていたせんべい汁は、せんべいがほぐれるような食感でしたが、〈小山田せんべい店〉の白せんべいを汁に入れてみたところ、ツルンとした舌触りでした。インスタントのお吸い物にせんべいを入れるだけでもすごくおいしくなるので、ぜひ試してみてほしいです。
「お客さんに合わせるのが商売」と、最長で7年4カ月間休みなしで営業したこともある〈小山田せんべい店〉。「今日お店を閉めたっていいんだけど、せんべいを食べたいというお客さんに支えられていますね。これをやり続けて人生を終えようと思って」
取材日の翌日が77歳の誕生日という美穂さんが、今日もお店に立ち続けます。
③もっちもちのみみが人気〈ひらた煎餅店〉【南部町】
南部町のランドマーク的な存在である〈名川チェリーセンター〉は、地元の新鮮な野菜やフルーツ、加工品などが販売されている物産館です。この店頭に並ぶとすぐに売れてしまうという人気商品が、〈ひらた煎餅店〉の「せんべいのみみ」。他の店舗のせんべいのみみと比べると、ごろごろと大きくて、もちもちした食感が特徴です。
〈ひらた煎餅店〉はチェリーセンターから車で4分程度の場所に店舗があるので、チェリーセンターで売り切れていた場合はこちらを覗いてみるのも手。店頭に並んでいなくても、お店の方に声をかけてみて。
創業から70年近いという〈ひらた煎餅店〉。9時頃から開店し、みみがなくなり次第終了という営業スタイル。だいたい15時か16時頃までですが、早いと14時頃になくなることもあるそう。
店舗では、できたての白せんべいを5枚100円で販売しています。こちらもお店の方に「焼きたてをください」とリクエストすると応えてくれますよ。
〈ひらた煎餅店〉名物のみみもついたまま提供してくれるので、いいとこどり! もちもち感と、さっくりとしたせんべいの両方を楽しめます。
④とろ〜り、チーズインもちせんべいの〈元沢せんべい店〉【八戸市南郷】
八戸市の山側に広がる南郷のなかでも、〈カッコーの森エコーランド〉や〈道の駅なんごう〉、〈八戸市立南郷図書館〉などが集まる市野沢地区。八戸自動車道と国道340号線に挟まれた、南郷小学校のほど近くにあるのが〈元沢せんべい店〉です。
創業から約60年、以前は別の場所で営業していましたが、新たに道路ができるということで今の場所へ移転しました。現在は二代目で、笑顔とバンダナがトレードマークの元沢とも子さんがひとりでせんべいを焼いています。物心ついた頃からせんべい店の娘として育ったため、「お店をなくしたくない」と、二十数年前に引き継いだそう。
ここで食べられるのは、焼きたての「もちせんべい」。一枚50円ですが、チーズ入りで100円。さらにトッピングとして、しそ15円、のり15円、ハム20円で追加できます。今回はチーズ入りのもちせんべいを注文してみました。
もちせんべいは厚みがあり、これだけで一食分になりそうなくらい食べごたえ十分。小麦粉のぎゅっとした生地を噛みしめると、チーズがとろ〜りと出てきます。
もちせんべいが食べられるのは10〜15時頃。時間を狙って行ってみてください!
焼きたての南部せんべいを食べよう!
青森県南部や岩手県北部の人たちにはおなじみの「南部せんべい」ですが、焼きたては食べたことがないという人も多いのでは? 「館鼻岸壁朝市」にも、焼きたての南部せんべいを提供するキッチンカーが登場しているので、見かけたらぜひ食べてみてください。それぞれのお店によって食感や味わいに違いがあるので、食べ比べるのもおすすめです。
| Written by 栗本千尋 Chihiro Kurimoto
1986年生まれ。青森県八戸市出身・在住(だけど実家は仙台に引っ越しました)。3人兄弟の真ん中、3人の男児の母。旅行会社、編集プロダクション、映像制作会社の営業事務を経て2011年に独立し、フリーライター/エディターに。2020年8月に地元・八戸へUターン。八戸中心商店街の情報発信サイト『はちまち』編集長に就任。主な執筆媒体は、講談社『FRaU』、マガジンハウス『BRUTUS』『Hanako』『コロカル』、Yahoo!『Yahoo! JAPAN SDGs』etc…
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